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大阪地方裁判所 昭和56年(行ウ)9号 判決 1982年5月21日

原告

石橋シゲノ

石橋栄二

石橋康利

石橋正孝

原告ら訴訟代理人

中坊公平

豊島時夫

岡田勇

被告

天王寺税務署長

奥野辰三

指定代理人

小林敬

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

別表1

区分

確定申告

更正の請求

更正

異議申立て

異議

決定

審査請求

裁決

再更正

年月日

51.3.15

53.10.31

54.4.7

54.6.6

54.9.5

54.10.4

55.9.30

55.12.5

23

項目

所得金額

資産所得

52,686,780

52,686,780

52,686,780

52,686,780

52,686,780

52,686,780

事業所得

68,849,557

68,849,557

0

68,849,557

68,849,557

0

給与所得

4,299,294

3,298,064

3,298,064

4,299,294

4,299,294

3,298,064

雑所得

36,614,015

0

0

28,954,617

計 (総所得)

125,835,631

124,834,401

92,598,859

125,835,631

125,835,631

84,939,461

分離

短期譲渡所得

3,208,780

3,208,780

3,208,780

3,208,780

3,208,780

3,208,780

長期譲渡所得

所得から差引かれる金額

社会保険料控除

182,400

182,400

182,400

182,400

182,400

182,400

生命保険料控除

50,000

50,000

50,000

50,000

50,000

50,000

損害保険料控除

15,000

15,090

15,000

15,000

15,000

15,000

配偶者控除

260,000

基礎控除

260,000

260,000

260,000

260,000

260,000

260,000

507,400

507,400

507,400

507,400

507,400

767,400

(千円未満切捨)

課税される所得金額

125,328,000

3,208,000

124,327,000

3,208,000

92,091,000

3,208,000

125,328,000

3,208,000

125,328,000

3,208,000

84,172,000

3,208,000

税額(総所得に対する)

79,756,000

54,828,250

79,756,000

79,756,000

48,889,000

配当控除

2,634,339

2,634,339

2,634,339

2,634,339

2,634,339

1.あん分税額

76,350,445

75,607,202

51,671,972

76,350,445

76,350,445

45,792,115

2.税額(分離に対する)

2,211,757

2,211,757

2,211,757

2,211,757

2,211,757

2,211,757

3.(1+2)算出税額

78,562,202

77,818,959

53,883,729

78,562,202

78,562,202

48,003,872

4.源泉徴収税額

8,187,745

8,187,745

8,187,745

8,187,745

8,187,745

8,187,745

5.(3-4)(百円未満切捨)

申告納税額

70,374,400

69,631,214

45,695,900

70,374,400

70,374,400

39,816,000

別表2

区分

準確定申告

更正の請求

更正

審査請求

裁決

年月日

53.12.6

54.9.21

55.6.11

55.7.10

55.9.30

項目

所得金額

資産所得

1,457,375

1,457,375

1,457,375

1,457,375

事業所得

7,665,461

7,665,461

0

7,665,461

給与所得

雑所得

2,525,536

計(総所得)

9,122,836

9,122,836

3,982,911

9,122,836

分離

短期譲渡所得

長期譲渡所得

131,950,000

0

0

所得から差引かれる金額

社会保険料控除

生命保険料控除

50,000

50,000

50,000

50,000

損害保険料控除

配偶者控除

基礎控除

290,000

290,000

290,000

290,000

340,000

340,000

340,000

340,000

(千円未満切捨)

課税される所得金額

8,782,000

131,950,000

8,782,000

0

3,642,000

0

8,782,000

1.税額(総所得に対する)

2,077,160

2,077,160

554,820

2.配当控除

145,737

145,737

あん分税額

3.税額(分離に対する)

61,227,900

0

0

4.(1-2+3)算出税額

63,305,060

1,931,423

409,083

5.源泉徴収税額

291,475

291,475

291,475

6.(4-5)(百円未満切捨)申告納税額

63,013,500

1,639,900

117,600

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

被告が、訴外亡石橋義一郎の

(一)  昭和五〇年分の所得税について、昭和五四年四月七日付けでした更正処分、

(二)  昭和五二年三月一五日付け純損失の繰戻しによる還付請求に対し、同年一二月九日付けでした還付通知処分、

(三)  昭和五三年分の所得税について、昭和五五年六月一一日付けでした更正処分、

をいずれも取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

(本案前の答弁)

主文同旨の判決。

(本案に対する答弁)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  本件処分の経緯

1 更正処分

(1) 原告らの被相続人訴外亡石橋義一郎は、昭和五〇年分の所得税について確定申告書を被告に提出し、原告らは、石橋義一郎の昭和五三年分の所得税について準確定申告書を被告に提出した。

(2) 被告は、昭和五〇年分の所得税について、昭和五四年四月七日付けで更正処分を、昭和五三年分の所得税について、昭和五五年六月一一日付けで更正処分をした。

(3) その申告、更正処分、異議申立、審査請求の経緯は、別表1、2記載のとおりである。

2 還付通知処分

(1) 石橋義一郎は、昭和五一年分の所得税の純損失の繰戻しによる還付請求金額を七、八五六万二、二〇二円として還付請求をした。

(2) 被告は、石橋義一郎に対し、昭和五二年一二月九日付けで、右還付金額を一、九二〇万〇、四〇二円として還付通知をした。(本件還付通知処分という)。

(3) 石橋義一郎は、右還付通知を不服として、昭和五三年一月二四日付けで、審査請求をした。

3 石橋義一郎は、同年八月六日死亡したので、原告らがその権利義務を承継した。

(二)  本件処分の違法事由

石橋義一郎は、貸金業を営んでいたのであるから、貸付金より得られる利子収入は、事業所得であるにもかかわらず、被告は、これを雑所得と認定した。本件処分には、所得の種類を誤認した違法がある。

(三)  結論

原告らは、本件処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

(一)  被告がした昭和五〇年分、昭和五三年分の所得税の各更正処分は、いずれも確定申告の課税標準等または税額等を減額する減額更正処分であり、原告らの権利利益を何ら侵害するものではない。

また、減額更正処分は、それにより減少した税額に係る部分についてのみ法的効果を及ぼすものであるし、それ自体は、減額更正処分の理由のいかんにかかわらず、当初の確定申告とは別個独立の課税処分たり得ずその実質は、当初の確定申告に基づく税額の変更に過ぎないから、納税者は、当初の確定申告を争いの対象とすべきである。

したがつて、原告らの右各更正処分の取消しを求める訴は、訴の利益を欠き、不適法である。

(二)  本件還付通知処分は、石橋義一郎の昭和五一年分の所得税の純損失の繰戻しによる還付請求に対し、還付の金額を一、九二〇万二、〇〇四円としたものであるが、本件還付通知処分の右金額は、昭和五四年四月七日付けの昭和五一年分の所得税の更正処分によつて〇円に更正された。右両処分の関係は、更正と増額再更正の関係と同様、先にされた本件還付通知処分は、後にされた右更正処分に吸収されて消滅したというべきであるから、本件還付通知処分の取消しを求める訴は、その利益がなく、却下を免れない。

三  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の主張は争う。ただし、被告が、原告らが主張する所得を雑所得と認定したことは認める。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

(一)  昭和五〇年分、昭和五三年分の所得税の各更正処分について

右各年分の各更正処分が減額更正処分であることは認める。

しかし、本件は、減額更正処分であつても訴の利益を認めるべき特段の事情がある。すなわち、

1 事業所得には純損失の繰戻し及び繰越控除が認められるのに対し、雑所得にはこれが認められないのであつて、事業所得を雑所得と認定することは単に所得金額の増加あるいは減少以外に納税者に不利益を与える。

2 また、本件は、課税庁が職権で申告にかかる事業所得相当分の減額更正処分をした後、あらためて雑所得と認定して同所得相当分の増額再更正処分を段階的に行つた場合と実質において同じである。ところで、このような場合には、増額再更正処分の際に事業所得か雑所得かについて争うことに訴の利益が認められるにもかかわらず、本件のように右減額と増額が一時に行われた場合には訴の利益がないとすることは、課税庁の処分いかんによつて納税者の権利救済の機会を不当に奪うことになる。したがつて、両者は著しく権衡を失する。

3 原告は、本件還付通知処分の取消しを求めるものであるが、その理由中で昭和五〇年分の貸付金利子の所得が事業所得であり、その税額がいくらであるかを主張立証する必要がある。この関係から、昭和五〇年分について、実質審理を尽くす必要がある。

(二)  本件還付通知処分の取消しを求める訴について

原告らは、本件還付通知処分を争うものであるが、本件訴状(弁論分離前の訴状)では、昭和五一年分の更正処分の取消しを求め、特に本件還付通知処分の取消しを求める旨の記載をしなかつた。これは、昭和五五年九月三〇日付け裁決(甲第一号証)が、「昭和五一年分所得税の還付通知処分は、同年分の更正処分に吸収され一体となつている。」と説示していたのに従つたことによる。しかし、本件訴状の記載では誤解を招くおそれがあるので、後日、請求の趣旨を訂正した。

したがつて、本件還付通知処分が右更正処分に吸収されたとすることに異存はないが、原告らは、本件還付通知処分が取り消され、新たに還付請求に対する正当な処分がされることによつて利益を受けるから、本件還付通知処分の取消しを求める訴の利益がある。

五  被告の再反論

(一)  利子収入が事業所得か雑所得かは、減額更正処分の理由に過ぎず、減額更正処分についての訴の利益を生ぜしめることにはならない。純損失の繰戻し及び繰越控除についても、それらに争いがある場合、減額更正処分とは別個の処分として争うべきものである。本件還付通知処分については、原告らは、現にこれを争いの対象としているし(もつとも、本件では訴の利益がない)、繰越控除についても本来は、更正の請求をした上で、これに対する却下処分等を争うべきである。

(二)  原告らは、減額更正処分と増額再更正処分が段階的に行なわれた場合と、それらが同時に行なわれた場合とで権衡を失すると主張する。

しかし、前者の場合は、減額更正処分によつて受けた利益のうち、増額再更正処分によつて侵害される利益が争いの対象として認められるもので、後者の場合と同一に論ずることはできない。

(三)  原告らは、本件還付通知処分の取消しを求める訴のなかで、昭和五〇年分の所得が事業所得であり、かつ、その納税額がいくらであるかを主張立証しなければならないから、昭和五〇年分の更正処分の取消しを求める訴の利益があると主張する。

しかし、右のような所得の種類等の主張立証は、訴訟上のいわゆる攻撃防禦方法であつて、訴訟物ではなく、別訴における有利な主張事実としての利益というようなことは本件訴訟における訴の利益とは関係がない。また、還付通知処分の取消しを求めるについては、その前年分の所得が事業所得である必要はない上、納税額の主張立証といつても、要するに、前年分いくら税金を払つたかということである。しかし、このことは、当事者間で争われる余地がないし、立証の困難など考えられない。

さらに、純損失の繰戻しによる還付とは、納税者が前年納めた税額の限度で税金を還付してもらえるという制度であるから、その還付金額を増加させようとするならば、その分現実に増額納付の不利益を実現しなければならないのであつて、この点に利益を考えること自体無意味である。

第三  証拠関係<省略>

理由

一昭和五〇年分、昭和五三年分の各更正処分の取消しを求める訴の利益について

(一) 右各年分の更正処分が減額更正処分であり、被告が石橋義一郎の貸付金による収入を事業所得ではなく、雑所得と認定して右各更正処分をしたことは、当事者間に争いがない。

(二) 減額更正処分は、確定申告によつて確定された税額の一部取消しという納税者に有利な効果をもたらす処分であるから、特段の事情がない限り、納税者にその取消しを求める訴の利益がないと解するのが相当である(最判昭和五六年四月二四日民集三五巻三号六七二頁参照)。

(三) 原告らは、右各更正処分については、訴の利益を認めるべき特段の事情があると主張するので検討する。

1 純損失の繰戻しによる還付とは、納税者に純損失が生じた場合に、その前年に納付した税額の限度で税金を納税者に還付する制度であり(所得税法一四〇条)、事業所得における損失には適用されるが、雑所得における損失には適用されない(同法二条一項二五号、六九条一項)から、納税者に生じた損失が事業所得にかかるものでないとされた場合には、還付請求が認められないことになる。

しかし、還付請求が認められなかつたことの不利益は、還付請求に対する行政処分の取消訴訟で救済されるから、事業所得を雑所得と認定されたために純損失の繰戻しによる還付請求が受けられなくなつたことを理由に減額更正処分の取消しを求める訴の利益を認めるわけにはいかない。

2 純損失の繰越控除とは、納税者に純損失が生じた場合に、その純損失の金額を翌年以降の三年間の所得金額から控除できるという制度であり(所得税法七〇条)、事業所得では認められるが、雑所得では認められないことは、右の純損失の繰戻しによる還付と同様である。

ところで、本件で純損失の繰越控除が問題となるのは、昭和五二、五三年分についてであるところ、<証拠>によると、原告らあるいは石橋義一郎が、右各年分の所得税の確定申告ないし準確定申告において、純損失の繰越控除をしていないことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、原告らが、自ら確定申告や準確定申告でしなかつた純損失の繰越控除を理由として、昭和五三年分の更正処分の取消しを求める訴の利益があると主張することは、申告税額を下回る税額を主張することになる。しかし、そのような主張が税法上許されないことは、いうまでもない。

3 原告らは、減額更正処分と増額再更正処分が段階的に行われた場合と、本件のようにそれと同一内容の減算、加算が一つの減額更正処分で行われた場合とで著しく権衡を失すると主張する。

しかし、被告が主張するとおり、減額更正処分と増額再更正処分が段階的に行われた場合には、減額更正処分によつて受けた利益のうち、増額再更正処分によつて侵害された利益が争いの対象として認められるのであり、一つの減額更正処分で行われた本件の場合と同一に論じることはできない。

減額更正処分が一旦なされた場合には、申告者はその限度において当初の申告につき更正処分の請求をする利益を喪失する効果も生じるのであつて、減額更正処分がなされた後、増額更正処分がされる場合と、減額更正処分が形式的に先行してなされることなく、内容的に減額更正処分と増額更正処分が同時になされる場合とでは、法的効果に差異が生じるのはやむを得ない。

4 原告らは、本件還付通知処分の取消しを求めるために昭和五〇年分の所得の種類と税額を主張立証する必要があるから、同年分の更正処分の取消しを求める訴の利益があると主張する。

しかし、純損失の繰戻しによる還付の場合、前年度の所得が事業所得である必要はないし、この還付金の限度額は、前年の納付税額であるから、還付金額を増加させるためには、前年分の所得税の増額納付が必要となるので、この点に利益を認める余地はない。

5  その他、本件では、昭和五〇年、昭和五三年分の各更正処分の取消しを求める訴の利益を認めるべき特段の事情が見当たらない。

(四)  まとめ

昭和五〇年、昭和五三年分の各更正処分の取消しを求める訴は、訴の利益を欠き不適法である。

二本件還付通知処分の取消しを求める訴について

<証拠>によると、本件還付通知処分の還付の金額一、九二〇万二、〇〇四円が、昭和五四年四月七日付けの昭和五一年分の所得税の更正処分によつて〇円に更正されたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、右更正処分は、還付の金額についても原告らに不利益な処分であるから、更正処分と増額更正処分の関係と同様、先にされた本件還付通知処分は、後にされた右更正処分に吸収されてその外形が消滅し、本件還付通知処分の実体上の違法性は右更正処分に包含されたと解するのが相当である(最判昭和三二年九月一九日民集一一巻九号一六〇八頁、最判昭和四二年九月一九日民集二一巻七号一八二八頁、最判昭和五五年一一月二〇日判時一〇〇一号三一頁参照)。

したがつて、原告らは、右更正処分の取消しを求めることによつて、目的を達することができるから(もつとも、その場合でも、原告らが還付請求をした限度においてのみ、右更正処分の取消しを求める訴の利益があるにすぎないことは、いうまでもない)、本件還付通知処分自体の取消しを求める訴は、その利益を欠き不適法である。

三むすび

以上の次第で、原告らの本件訴を不適法として却下することとし、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 孕石孟則 浅香紀久雄)

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